トラウマとPTSD 知ってるようで知られていない厄介な事実
トラウマとは、死の危険に直面するような恐ろしい衝撃的な出来事によって受けた心の傷「心的外傷」を意味します。なかでも自分の意志とはまったく無関係に現れる心身の症状(トラウマ反応)が長く消えず、治療を必要とするほど重症化するのが、PTSDという病気です。
このトラウマの正体とPTSD、そしてアダルトチルドレンを含むACEs(小児期逆境体験)サバイバーによくみられる「複雑性PTSD」について解説します。
※2022年11月16日記事に加筆・編集を加えて公開します。
トラウマの正体とは?
戦争、災害、犯罪、事故など自分の生命や存在に強い衝撃をもたらす出来事を外傷性ストレッサーと呼び、その受傷体験を「外傷体験(トラウマ体験)」といいます。これがトラウマの原因です。
◆おもな外傷性ストレッサー
自然災害:地震・火災・火山の噴火・台風・洪水など
社会的危機:戦争・テロ・暴動・金融危機など
生命や尊厳の危機:暴力・事故・犯罪・性的被害など
喪失:家族・友人の死、貴重品の消失など
直接、自分が体験する場合だけでなく、次のような場合も外傷体験になります。
他人に起こったことを目撃する
家族や親しい友人に起こったことを知る
出来事の細部にくり返し、または極端に触れる(現場の片づけ、遺体の運搬など)
自分が殴られなくても、配偶者への暴力を見せられること、その事実を知ることは、子どもの外傷体験になります。また3つめの例では、コロカ禍では、患者のケアを行う医療関係者や介護職員にPTSDが多く発症したことが挙げられます。
◆外傷体験の共通点
受傷者に落ち度がない
無力で抵抗できない
非日常的/非現実的な体験
理不尽な出来事
外傷体験に遭ったら程度の差こそあれ、誰でもトラウマ(心の傷)になります。ただし、トラウマに伴う特有の症状や変化(トラウマ反応)は、出る人も、出ないもいます。体験後すぐ発症し、10日で症状が消えてしまう場合もあれば、数か月以上経過してからトラウマ反応が出る場合もあります。
トラウマ反応:外傷体験によって心身に生じる変化
恐怖で冷や汗をかく、足が震えるように、生命の危険を感じるような状況下では、人は誰しも心身に変化が起きます。これをトラウマ反応といい、反応が起こること自体は、極めて正常と考えられています。問題なのは、トラウマ反応はさまざまありますが、どれも不快で苦痛です。
(1)心理的な反応
外傷体験をした人は、現実を受け止められず、「自分に何が起きたのか」「どうすればいいのか」わからず、茫然としてしまったり、恐怖や不安に駆られ身動きできなくなります。時系列は混乱し、記憶も鮮明な部分とあいまいな部分が混在しています(記憶の断片化)。この状態で、意識に不確かな記憶が入り込むと、フラッシュバックや悪夢として現れます(①再体験)。その恐ろしさから逃れるために、外傷体験をなかったことにしたり、感覚を鈍らせて感じないようにする(②回避・麻痺)、または、体験の恐怖が大きすぎて警戒を解けない(③過覚醒)、という心理状態に陥っています。
※①再体験、②回避・麻痺、③過覚醒はPTSDで見られる三大症状。
そのため「自分の居場所はどこにもない」「なぜ生きているのか」と悲観的に思いつめたり、「もう誰も信じられない」と人間不信や厭世観を募らせたり、押し寄せてくる厄介な感情に支配されがちになり、次のような反応が起こります。
悲嘆、落ち込み、怒りなどの感情をコントロールできない
喪失感、罪悪感、恥、無力感、絶望感に打ちのめされる
注意が散漫になる、方向感覚を失う
光や音に対して過敏になる
(2)身体的な反応
外傷体験の恐怖・危険から逃れ、生き延びるため身体は緊張して、筋肉が収縮します。交感神経が優位の状態が続く間はリラックスができません。その影響で、ホルモンバランスや免疫系統の乱れが生じ、次のような反応が起こります。
不眠
動悸、筋肉の震え、寒気、発汗、呼吸困難
食欲不振、吐き気、腹痛、下痢
頭痛、めまい、痙攣
アレルギー症状の悪化
このほか、メニエール病、突発難聴、過呼吸やパニック症状のきっかけになることもあります。心理状態が症状の悪化や長期化に大きく影響します。
(3)行動の変化
怒りを爆発させる、自暴自棄に走る、ふさぎこむといった、心理的な反応が行動の変化として表れ、活動性は著しく低下します。外傷体験に関する事柄に関わること、考えることを回避するため、あるいは、フラッシュバックへの恐怖から今までの習慣や通勤・通学など日常生活ができなくなる人、引きこもる人も少なくありません。外傷体験について考えられない、思い出せない時期と、終始頭に浮かんで考えすぎる時期をくり返す場合もあります。
また、過食や拒食、薬物やアルコールへの依存といった嗜癖(アディクション)が起きやすくなります。
PTSDはトラウマの後遺症
PTSD(心的外傷後ストレス障害:Post-Trumatic Stress Disorder)は、トラウマがいつまでも癒えず、後遺症になったものです。PTSDがアメリカ精神医学会が正式に認められたのは1980年、日本での死因や疾病に関する公的統計、医療機関の診療録の管理で用いられているWHO(世界保健機構)の国際疾病分類にPTSDが掲載されたのは1992年発行の『ICD-10』からです。日本では、1995年の阪神・淡路大震災を契機に「トラウマ」という言葉、「PTSD」という病気が知られるようになりました。
アメリカ精神医学会の最新の精神障害の診断基準『DSM-5』では、明確な外傷体験をしたこと*、三大症状(①再体験、②回避・麻痺、③過覚醒)に、④認知と気分の陰性変化が追加されました。また、こうした症状が1か月以上続いていること**、症状によって日常生活の機能が著しく低下していること(活動が困難/不可能)、症状が薬物や他の疾患の作用ではないことも含まれています。
同じ体験をしたら必ずPTSDが発症するわけでもありません。子どもは小さく弱い存在ですが、被災時に大人に抱かれ安心感とともにあった場合、PTSD発症を免れたりもします。ただ、精神疾患の既往歴、トラウマ歴、ACEs(逆境的小児期体験)は、PTSD発症のリスクを高めるといわれています。
* A基準と呼ばれる外傷体験についての記述がより明確になり「死、重症、性暴力被害を直接体験するか、その脅威に暴露されること、または目撃、近親者の被害を知ること」と限定された。
** 外傷体験から4週間以内に始まり、症状が3日~1か月未満の場合は急性ストレス障害(ASD: Acute Stress Disorder)
①再体験 (侵入)
外傷体験が、自分の意志とは無関係に突然思い出され、相手や環境、出来事への恐怖や憎しみ、悲しみ、痛み、屈辱、無力感、敗北感などの感情が蘇ります。息苦しさや発汗、手の震えなど、身体的な反応を伴うことも少なくありません。覚醒時だけでなく、睡眠中に悪夢にうなされることもあります。
生々しい体験の記憶にくり返し襲われることで、恐怖や緊張が高まり、フラッシュバックそのものを恐れるようになります。フラッシュバックには、たいてい何らかの感覚がきっかけで起こりますが、最初は、それが何かわからないため非常に混乱し、社会生活に不安を感じます。恐怖の度合いによって、通勤・通学や外出が困難になるなど、社会的な活動に影を落としかねません。
②回避・麻痺
外傷体験にまつわる物事を徹底的に避けようとします。場所、状況、人物、活動、出来事などについて考えたり、感じたり、話したりすることを拒否する、その体験を思い出させるものを捨てる、記憶を封印するなど、徹底的に「なかったこと」にするのです。
外傷体験にまつわる事柄から刺激を受けないように、また再体験や過覚醒による恐怖や不安、不快さを避けるために、外界に対する感情や感覚の麻痺が生じることもあります。いつもぼんやりしていて、無表情、無関心、無反応、生活全般の活動が低下します。口数が減り、自己表現することもなく、食事も自発的に摂ろうとしません。生きている実感も意欲も薄れているように見えます。
③過覚醒
自律神経が興奮・緊張状態から抜けず、いつまでも続いてしまう状態です。傷つけられることがないように過剰な警戒心が働いている状態といえます。たとえば家庭でリラックスしてくつろいだり、安らぐことができなくなるケースもあります。緊張が解けないため、睡眠も難しくなります(入眠困難、中途覚醒、不眠)。そのため、身体的に非常に疲労します。「安全地帯なんてどこにもない」、「自分に居場所なんてない」という絶望に陥ることもあります。
また攻撃されるのではないかと、過敏になって、ささいな音や光にも、体がビクっとしてしまうこともよくあります。また、緊張状態が続いて、仕事が手につかないなど、集中力も散漫になります。
④認知と気分の陰性変化
つらく苦しかったはずの外傷体験の重要な場面が思い出せないという症状も、PTSDによく見られます。そして、現実での大切な活動に関心を失います。たとえば、熱心だった活動やお気に入りの習慣をやめる、仕事や学業へのモチベーションを喪失し、通勤や通学ができなくなるなど。幸福感、満足感、愛情など喜びの感情を味わうことができません。
逆に、自己否定や人間不信、対人不安など自分にも他人にも否定的な感情に陥り、社会から切り離されてしまったように感じ、社会的な孤立を深める場合もあります。恋愛・人間関係での裏切りや虐待、喪失体験によるトラウマの場合、男性/女性/人間不信や回避依存(人と愛し合うこと、親密になることを恐れて、関係性を避けるコミュニケーション障害)に陥ることもあります。
複雑性PTSDは何が「複雑」なのか?
「複雑性PTSD(Complex PTSD)」という概念を初めて世に発表したのはアメリカの精神科医ジュディス・L・ハーマンです。1992年、著書『心的外傷と回復』で、児童虐待、ネグレクト(育児放棄)、機能不全家族などを含む、逃げ場のない異常な支配下において長期的、反復的にくり返された外傷体験によるトラウマの後遺症として複雑性PTSDを提起しました。
◆ハーマンによる複雑性PTSDを起こす外傷体験
全体主義的な支配下に長期間(数か月~数年)服属した生活史
人質、戦時捕虜、強制収容所生存者、一部の宗教カルトの生存者
家庭内殴打、児童の身体的および性的虐待の被害者
組織による性的搾取
さて、WHOが複雑性PTSDを病気と認定するのは、ハーマンの提起から20年以上もあとのこと。ようやく2018年発行の国際疾病分類『ICD-11』で複雑性PTSDを加えました。アメリカ精神医学会の精神障害の診断基準には未だに掲載されていません。
『ICD-11』では、症状や特徴などハーマンとは異なる部分も多いものの、ハーマンと同様に脱出が困難または不可能な長期間または反復的な出来事によって発症する障害として、診断基準を次のように定義しました。
◆『ICD-11』での診断基準
複雑さpoint 1 外傷体験の判定
『DMS-5』がPTSDを起因する外傷体験としているA基準は「死、重症の危険を引き起こす出来事、性暴力被害」に限定しています。一方、『ICD-11』が定義する複雑性PTSDの外傷体験①は1回の事故・被害でも症状が出ている出来事は加えている反面、外傷体験②の反復的に、そして長期にわたって起こる出来事について、外傷体験と判定されるか、されないかは治療者によるところが大きいのです。
たとえば、パワハラ、セクハラについて、わかりやすい身体接触や性暴行があれば、判定されるでしょう。しかし、口頭や態度でのいやがらせや無視といった心理的虐待が長期間くり返し行われたことでダメージを受けても、複雑性PTSDの長期性、反復性には該当しないとされるケースが多いです。PTSD、あるいは複雑性PTSDの症状を発症していても、です。同様に、機能不全家族で支配的な親に育てられても、世間体がよく巧妙で虐待とはわかりにくい場合、アダルトチルドレン(AC)がどんなに苦しんでいても、判定される可能性は低い可能性があります。
複雑さpoint 2 多岐にわたる症状
『ICD-11』の基準では、PTSDの三大症状+自己組織化の障害3症状、合計6症状を挙げました。増えたものの、このほかにハーマンが挙げた症状は除外されています。つまり、複雑性PTSDの症状は多岐にわたるのです。
◆自己組織化の障害(DSO症状)
感情の制御困難:衝動的になり、自傷行為や性的逸脱など無謀で自己破壊的なに走る
否定的な自己概念:自分を弱く挫折した無価値な存在と思い込む、恥の意識や罪悪感を持つ
対人関係の困難:他者との関わりを避ける、軽蔑する、無関心になり、社会から孤立する
複雑性PTSDの当事者たちは、外傷体験の中で、外傷性ストレッサーがまた起こることを知っていました。しかし、抵抗したり、回避したりする力はありません。意識・感情・思考・感覚などをシャットダウンさせ(解離)時が過ぎるのを待つことが唯一の適応手段、現実からの逃げ道でした。それが再体験、回避、覚醒という三大症状に加えて、まるで人格が変わってしまったかのようなDSO症状として表現される、と説明されています。
複雑さpoint 3 合併症のハイリスク
『ICD-11』は、複雑性PTSDの症状について、一般のPTSDに比べてより重篤で持続的だと明記しています。
さらに、厄介なことに、ほかの精神疾患の発症リスクについても明らかにされています。たとえば、幼児期にくり返し外傷体験に晒されると、複雑性PTSDを発症するリスクが高くなるとされ、抑うつ障害、摂食障害、睡眠覚醒障害、愛着障害などの症状を呈することもあるといいます。
またハーマンは、複雑性PTSDの当事者は、身体表現性障害(身体の痛みや違和感を訴えるが、調べても原因がない)や境界性パーソナリティ障害に陥るケースが見られることを指摘しています。さらに『ICD-11』では反社会性パーソナリティ障害の発症リスクも記載されています。
症状だけでなく、合併症のリスクも多岐にわたり、症状の改善やセルフ・コントロールがさらに難しくなることは否めません。
複雑さpoint 4 誤解や攻撃をされやすい
震災や津波で知られるようになったPTSDは、もう珍しい病気ではありません。一方、複雑系PTSDは、近年、元女性皇族が告白して話題になりましたが、依然として社会的認知は進んでいません。残念ながら、大衆の目は彼女に対して同情的ではなく、むしろ否定・批判的でした。これは、複雑性PTSDの当事者の多くが体験することです。たしかに症状による行動は極端で過剰、自暴自棄だったりしますから、理解されがたく、どんどん「わけがわからない」「信じられない」人にされてしまいます。本人はただ苦しみから逃れたいだけなのですが。
複雑性PTSDの当事者に起こる解離もそのひとつで、傷つかないように意識を遮断した解離状態のとき、自分がどんな言動をしたか覚えていません。まったく別の人格のようにふるまっていることも珍しくありません。ハーマンは、解離性同一性障害(多重人格)のかかりやすさを指摘しています。
病気の症状という理解が、周囲にも本人にも深まると状況も好転すると思われるのですが、なかなか受け入れられません。
複雑さpoint 5 困難な社会復帰
ハーマンは、複雑性PTSDの回復について「身体と脳と心を一つに統合することが必要」といい、そのために安全な場をもつこと、思い出すこと、服喪追悼することに加えて「コミュニティにもう一度つながること」を挙げています。環境の調整や回復のための儀式、自己受容は難しくても自分でできること。ですが、社会復帰は複雑性PTSD当事者にとってもっとも困難なプロセスといえるでしょう。
人間関係や社会への怒りや軽蔑、恨み、恐れの感情から、コミュニティと距離をとり、孤立する傾向にある複雑性PTSDが自発的に人とつながるのは至難の業。社会生活から切り離されると復帰には時間がかかるでしょう。他者や自分に対するネガティブな感情(本人は決して抱きたいわけではない)に支配された複雑性PTSDの当事者は、対人関係が不安定で、衝動的で過剰な反応をするか、もしくは無反応だったりします。さらに、コミュニケーションに癖があります。
細部に強くこだわり意にそぐわないと「攻撃された、全否定された」と被害者感情を湧かせます。ルールやマナー、常識を守らないと怒りを覚えます。快適さや美味しさ、リラックスを共有することができません。お金や時間に「支配される」意識を持ちやすいため不自由で、何より新しいことを始めることに強い抵抗を持ちます。
ハーマンは複雑性PTSDの回復において心理療法とともに社会的サポートの必要性を訴えています。
アダルトチルドレンのトラウマ克服には時間がかかる
PTSDの回復が時間がかかり、難しいものであるとともに、アダルトチルドレン(AC)のトラウマは、長期にわたり、くり返し行われた外傷体験が引き起こす複雑系PTSD。理解されにくいことに加えて、幼少期の虐待やつらい経験など複数の逆境体験を持つ人はPTSD発症のリスクが高いとのデータがあります。心理的な反応からうつなどの精神疾患の発症につながるリスク、合併症のリスクも少なくありません。
トラウマが夢や魔法のように消えたらどんなにいいことでしょう。しかし、現実的ではありません。「トラウマが消える」「トラウマをひとりで回復」をうたい文句にした商品・サービスもまた、現実的ではありません。せめて悪化させないことを願うばかりです。
しかし、希望はあります。ACのトラウマ克服の鍵も、ほかのトラウマ克服と同様に「何が起きたのか」を正確に理解すること、それを受け容れ、手放し、自分を取り戻す作業なのです。毒親がどんな意図をもってどんな信念を刷り込んだのか、何がそうさせたのか、そして、そのとき、自分はどう感じ、何を求め、何を期待し、何を得られなかったのか――そこに向き合っていくことが、ACをトラウマの克服に導きます。
毒親を理解し、自分を理解すること。恐れずに、少しずつ向き合っていくことで、トラウマを癒し、本来の自分を取り戻していきましょう。
【参考記事】
ACの自己奪還には「自分が何者なのか」「生きづらさの正体は何なのか」など、自己をよく知る必要があります。ただし、ネガティブな面ばかりでありません、ACはレジリエンス(立ち直る力)となる強みも携えています。
[AC/毒親チェック]
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